マルゼンスキー生産、橋本聖子五輪相の父・橋本善吉氏死去

19日に、橋本聖子五輪相の父で、8戦8勝で「スーパーカー」「外車」といわれたマルゼンスキーの生産者(マルゼンスキーは、橋本善吉氏がマルゼンスキーを宿したマルゼンスキーの母を米国で購入し、日本で生まれた)で馬主としても知られる橋本善吉氏が96歳で亡くなっていたことがわかった

橋本さんは、1973年に、英3冠馬・ニジンスキーの子(マルゼンスキー)を宿したシル(マルゼンスキーの母)を米国のセリで購入

翌年の1974年に、北海道の橋本氏の橋本牧場で、マルゼンスキーと名付けられた牡馬が誕生

1976年にデビューしたマルゼンスキーは、8戦8勝、着差のつきづらい短距離レースを中心(最長距離で芝1800メートル)に合計着差61馬身の規格外の強さを誇った

だが、当時は海外で受胎した馬はクラシックに出走できなかった

マルゼンスキーは、当然日本ダービーにも出走できず、(マルゼンスキーの)主戦騎手・中野渡清一騎手は「大外枠でもいい。賞金もいらないので出たい」との主旨の発言をした

マルゼンスキーは、現役引退後に、日本ダービー馬・サクラチヨノオー、菊花賞馬・ホリスキーなどを出し、成功した

1997年8月21日に23歳(当時は旧表記で24歳)で死亡

娘の聖子氏は、1992年アルベールビル冬季五輪で銅メダルに輝くなど五輪に夏冬で計7度出場している

橋本善吉氏は偉大な父だった

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